らくらく化学実験_つれづれ化学草子 紙の巻   
懐より紙を取り出し鳥の姿にひき結び
宇治拾遺物語
 睛明しばしうらなひて申しけるはこれは君を呪詛し奉りて候物を道にうづみて候御越あらましかばあしく候べき 犬は通力の物にてつげ申して候也と申せばさてそれはいづくにかうづみたる あらはせとの給へば・・・(略)・・・黄なる紙捻にて十文字にからげたり 開きてみれば中には物もなし朱砂にて一文字をかはらけの底にかきたる計也
 睛明がほかには知りたる者候はず もし道摩(だうま)法師や仕たるらん糺(ただ)して見候はんとて、懐より紙を取り出し鳥の姿に引き結びて呪を誦しかけて空へなげあげたれば忽ち白鷺に成て南をさして飛びけり 此鳥の落ちつかん所をみてまゐれとて・・・
懐紙を鳥型に・・・犬が不可解な行動をするが、時の最高権力者、藤原道長の不幸を願う者がこの京のどこかにいる。道長を恨む者は少なくないが、その捜し手に指名されたのが、陰陽道で知られる、かの安倍睛明。睛明はおもむろに懐から紙を取り出し、鳥型を作り空に投げ放つ。驚いたことに紙の鳥は、白鷺に変身する。飛び去った白鷺の落ちたところが、道長を呪詛する者の住む家であったという・・・。12−13世紀に成立と考えられる宇治拾遺物語(作者不詳)に収められた説話です。
 幸福を願う千羽鶴が紙で折った鳥型であるのと同様、紙で特定の形を作るというのは呪術的な意味合いを持つのでしょう。そう言えば、紙に奉る幣(みてぐら)は和紙を折り、切り目を入れて神聖な意味を持たせてもの。紙は神に通ずるのでしょうか、垂れ下がった姿は紙の御姿を表現しているがのようです。
 睛明が取り出したる懐紙とは、文字通り懐(ふところ)に収めて持ち歩いている紙のことです。当時の王朝人は、聞いたこと思いついたことをすぐに書き留めたり、手紙として意思を伝えたりするビジネスツールとして懐紙を活用していました。その習慣は、メモを取り、ビジネス手帳を使いこなす現代人にしっかり受け継がれているようです。
 ここでは、紙についてのつれづれ科学草子です。

紙はセルロース
・・・紙は植物体の繊維質を水で分散させ薄く漉き上げ、乾燥させたものです。成分は、植物体のフレーム部分を作る最も基本的な成分であるセルロースで、β−グルコースが10−10個縮合(β−グルコシド結合)して並んでいます。α−グルコースが縮合してアミロースのらせん構造を作るのに対し、β−グルコースは第1炭素についている−OHの結合の向きが逆であるため、縮合によって直線上に並ぶ構造になります。成分は同じでも物理的化学的な性質は大きく違い、主な動物がアミロースのデンプンを主エネルギー源とできるのに、植物繊維は消化できないといったことが起こってくるわけです。もっともセルロースを分解消化できるシロアリやヤギなどの動物は、消化器官にセルロース分解酵素を持つバクテリアの力を借りているだけではありますが。
 ティッシュペーパーを手でちぎってみましょう。縦と横では、ちぎれ易さに違いがあり、方向性のあることに気付くはずです。これは紙の生産過程で、原料が水中に分散されてから漉き上げる際に一定の方向(※)に並びやすいためで、β−グルコースの縮合が繊維構造を作っていることが何となくイメージできます。
 ※ 機械漉きで使われる金属の金網に方向性がある

紙の歴史…紙の発明は、一般的には中国後漢時代の蔡倫(右肖像画)によるものとされていますが、正確には、製紙方法を確立(西暦105年)させた蔡倫の功績が、正史の「後漢書」に記されたことによるものと考えられます。すでに古代中国の前漢時代のものと推定される紙が発見されているからです。紙以前の書写材料には粘土板、パピルス、甲骨、木簡竹簡などが使われ、それらの記録から古代における人類の歩みを知ることができるわけですが、紙の登場によって世界史の記録方法は大きく変わっていきました。もっとも、中国は紙の製法を一般に知らせなかったので、広く使われるようになるまでかなりの時間を要したようですが。
 発明当初の紙の原料としては、麻や布くずでしたが、製紙方法の改良により、樹の皮(コウゾ、桑、竹など)が用いられるようになりました。製紙法はイスラム時代を経てヨーロッパに伝えられ、グーテンベルグの活字印刷の発明(1445年)で画期を迎えます。出版物の増大は情報伝達の速度を高め、ルターの宗教改革の発端をはじめ政治や文化に計り知れない影響を与えました。紙の需要拡大は、増幅効果としてさらなる製紙、印刷技術の向上をもたらし、産業革命後には機械工業化されます。20世紀になると安価で大量に入手できる木材パルプが原料の主体になり、紙の安定供給が図られるようになったおかげで、紙の消費は文化のバロメーターとまで言われるようになりました。しかし、一方で原料の木材確保のための森林破壊や、工業化における水質汚濁の問題が深刻化していることは皆の知るところです。
世界最古の紙:中国の牧馬灘(ほうばたん:紀元前150年頃)遺跡から出土した前漢時代の地図が書かれた紙 日本最古の漉き紙:国宝紫紙金字金光明最勝王経十巻の内で、聖武天皇の勅願により建立された国分寺七重塔に納められた金泥文字経文 紙は紫草によって染色されている。

日本の和紙文化の黎明
…製紙法の日本への伝来は、610年(推古18年)に高句麗の僧、曇徴によるというのが最古の記録として残っています。その頃は、仏教信仰を推進する蘇我氏や聖徳太子が活躍しており、教典書写のための紙の調達に大きく寄与することになりました。その後、694年には「図書寮」(ふみのつかさ)が設置され、文書の保管と国史編纂が国家的事業として行われるに至り、文書行政による律令制度の充実を図ろうとします。また、紙そのものは、仏教伝来(公伝では欽明治世下:538年)とともに教典として大量に渡来していましたが、記録にはないものの、実際にはそれよりかなり前の倭の五王時代(5世紀)には紙が生産されていたものと考えられます。さらに、女王卑弥呼が魏より受けた詔書(
魏志倭人伝)が紙に書かれていたと推定すれば、紙の伝来自体は3世紀前半にまでさかのぼることになります。
 
ともあれ、紙は奈良時代を経て急速に普及し、特に、戦乱の少なかった平安の世はその用途が大きく拡大、多様化した時代でもありました。貴族は、神殿造りの屋敷に暮らし、襖障子の間仕切りの部屋に屏風を立て、夜は紙燈炉(※)で明かりを得る。紙を細く畳んで長い髪を結う、懐紙から化粧紙を取る、紙扇に好みの色紙を貼る、鼻をかむ、唐笠をさす、歌を詠み書き留める、日課の写経等々・・・平安時代の王朝文化は多くの紙に支えられていたのです。日本は、現在、世界第二位の製紙国となっていますが、その原型は平安の王朝文化に求めることができそうです。
※平安時代は、木や竹の枠に紙を張ったものが燈炉として使われていました。ぼんやりとした照明光を出すのに、紙の薄さを利用した燈炉は、その後の行燈、雪洞(ぼんぼり)、提灯の登場へとつながっていきます。
紙の現在、最新用途あれこれ・・・紙は生活のさまざまな部分に浸透し、科学技術の進展する現在において、ますますその重要性が増しています。特に和紙については、酸性紙の書物の劣化問題で保存記録用紙としての耐久性や、建材の出す化学物質を吸収する素材としてが見直されたり、環境保護の立場から利用など、書写材料以外の可能性を広げつつあります。身近で活躍中の紙の用例について、いくつか例示します。
  1. 紙幣・・・日本の紙幣は精巧なことで知られていますが、脱亜入欧を目指す明治新政府が発行した時点ですでに世界最高水準に達していました。この130年間にさらに偽造しにくく、耐久性に富む紙幣の開発が進み、白黒透かし、凸版印刷、PVA耐汚損処理、点字マーク、特殊発光インキ印刷、独自の手触り、風合いにまで及んでいます。特に2000年に発行された二千円札には最高峰の技術が駆使され、朱礼門や源氏物語絵巻の図柄も話題になりました。紙幣の材料には、ミツマタとマニラ麻が使用されていますが、その製造についての詳細は非公開となっています。
  2. 中性保存紙・・・和紙の場合は、千年以上前に作られたものでもしっかり残っていますが、19世紀中頃の抄紙機実用化以降の酸性紙がぼろぼろになってしまうということがあちこちで起こり始めました。紙のサイジングに使われた硫酸アルミニウムがセルロースの分解に関わり、貴重な資料が不能となる、いわゆる酸性紙問題が大きくクローズアップされています。そこで、近年急速に紙の中性化が進み、アルキルケテンダイマーという中性サイズ液とカチオン化デンプンを使った定着液が使われるようになりました。これらの中性紙なら、紙の寿命を400年程度にまで延ばせるといわれています。現在は、新刊本のほとんどに中性紙が使われるほど、保存の効く紙への切り替えが進んでいます。
  3. 育種紙・・・鉢の代用で育種、移植用ポットやシートとして開発されました。軽く、通気性、保水性に優れているので苗の成長が良く、何と言っても移植後に土中で分解してくれるというのが都合良い。また、生産農家はもちろん、趣味の園芸においても、作業を通じて感じるのは育種ポットをはじめとした廃棄物の多さです。この廃棄物を処理には労力を要するため、長期間放置したり、ビニール製のものであっても田畑でそのまま焼却したりということがありました。紙製のポットやシートは、苗の成長とともに、作業の効率化と環境保全にも貢献しています。
二千円札を斜めから見るとNIPPONの文字が浮き出る

酸性紙問題:貴重な文書がぼろぼろに:ディー・エヌ・ピー年史センター株式会社

手漉きの手順・・・
機械化された製紙方法とは違って、手漉き紙作りの方法は、地域によって材料による差違を除けば、その手順は単純でほぼ同じです。手漉の手順を簡単に示します。
  1. 漉の原料としては繊維が長く丈夫であることが必要で、コウゾ(楮)やガンピ(雁皮)、ミツマタ(三椏)がこの条件を満たします。これらの材料の皮を剥ぎ、煮込んでから砕きます。
  2. 維状になった材料を水に分散させ、「ネリ」という粘剤を加えて薄く漉き上げます。粘剤にはトロロアオイの根が使われ、繊維同士を水中で均一に分散させる働きがあります。漉き上げた紙は次々に重ねられますが、紙がお互いにくっつき合わないのも粘剤があるおかげです。
  3. 後は紙を広げたまま乾燥させれば完成です。

赤い実をつけたコウゾの木
提供:たんぽぽ

材料をつぶす「叩解」作
業を行う道具

粘剤として使われる
 花をつけたトロロアオイ

紙漉の簀

動画:職人さんによる和紙漉きの実演
協力:島野元彦さん(小川町在住和紙職人)
     動 画:水槽で素材を撹拌し水に分散させる
     動 画:漉枠に紙の薄層を作りあげる
     動 画:一枚一枚ていねいに重ね合わせていく

リサイクル葉書を作る
・・・最近は和紙の手漉き体験ができるところも多くなりました。また、紙漉きキットも購入しやすくなり、中には本格的な材料を選んで和紙の手作りにチャレンジする人もいるようです。

牛乳パックのパルプ


市販の漉き枠できれいな花
のたよりができる
       和紙漉き関連実験のページ:好き好き紙漉(す)き
和紙のアート・・・和紙は軟らかくもあり、硬くもあり、薄くもあり厚くもある。墨や色で描け、切るのはもちろん、折ったり、包んだり、形を変幻自在に操作できるなど、優れた造形性を持っています。それら和紙の特性を生かした作品を手がけている芸術家が注目されています。和紙のしなやかさで立体感を出したり、光の透過を利用しているもの、繊維の毛管現象を利用し微妙な色調を表現しているものまで、和紙の特徴を引き出す様々な試みがなされているようです。和紙を素材にしたアートをいくつか紹介しましょう。
1.折り紙:世界に知られる日本の伝統工芸。貴重品の鑑定書に書き付けたり花や葉を漉き込んだりしたものは「折り紙付き」と呼ばれ、特別な扱いを受けるという意味もここに由来します。すでに室町時代に、儀式、贈答用の包み紙として使われはじめていました。折り鶴や風船などの遊び要素のある折り紙が多く作られるようになったのは、江戸時代に入ってからです。
 折り紙関連サイト
    Studio BE:折り紙GIFアニメーションが楽しめます
    世界折り紙博物館
2.墨流し・・・松脂による水の表面張力の低下と墨の拡散を利用した伝統芸術で、古くは古今時代(10世紀初頭)にその記述があります。同心円の模様に串や息を吹きかけて模様を崩すと、水と墨が微妙な流れ模様を作り出します。それを和紙で写し取ったものが墨流しです。同様に、カラフルな染料を使うマーブリングという技法もあります。

和紙を使った墨流し
(福井県無形文化財福田忠雄さんの作品)

和紙にマーブリング

関連実験ページ:すみに置けない墨流し
墨流し関連サイト:松脂を訪ねて:福田忠雄さんの技法
3.立体和紙・・・型のままで和紙を漉き、型を抜き去って継ぎ目のない立体を作り、内部に光源を入れたものが注目されています。
  
 「参 考」   紙の本(小宮英俊 日刊工業)
       紙の大百科(美術出版社)
       関連サイト:和紙の博物館
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編集:山田暢司