らくらく化学実験_つれづれ化学草子 泡の巻
      よどみに浮かぶうたかた
                  鴨長明  方丈記
 ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくの如し。・・・朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。・・・いはば朝顔の露に異ならず。或いは露なほ消えず。消えずといへども、夕べを待つことなし。

「訳」流れゆく川の水は絶えないのであるが、流れをなしている水は刻々と移り、もとの水ではない。流れの留まっているところに浮かぶ泡は、消えるものがあり、一方で生じるものもあるが、それでも長続きするものはないものだ。世に住む人間とその住居とはこのようなものである。・・・朝に死するものがいれば、夕方に生まれるものもいる。これら世の姿というものは、まったく水に浮かぶ泡に似ているのである。(訳:山田暢司)
無常観に通ずる泡沫・・・この世に常なるものはなく、すべては流転する。今そこにあるもの、繁栄も安定も永久ということはない。方丈記は、無情の世をゆく川の流れに見立て、虚しくもはかない人生をその水の上に浮かぶ泡沫に例えたところに始まります。文中の「うたかた」は、漢字で「泡沫」と表記しますが、普段「ほうまつ」として読まれている字が当てられています。水の流れは時間の流れ同様、一見安定したものと捉えがちであるが、流れを構成する水という物質そのもの、またその中で浮き沈み、生まれては消えをくり返す「泡沫」は、刻々と変化する相の一面でしかない。化学で言うところの不可逆変化と少し趣は違ってはいますが、自然の摂理とその中における人間存在のはかなさをうまく言い当ています。作者鴨長明は、動乱の平安末期〜武家社会の成立期に生き、世の変遷をまざまざと目にすることになりました。「方丈記」では、やや厭世的に自らを人々と距離を置くことで、無情の観をその冒頭のリズミカルな下りに集約させています。無常観を同じくする平家物語とともに、この期の作品としては、今後とも長らく日本人の記憶に留め置かれるであろう名作と言うことができます。

水が薄膜を構成する・・・・泡といっても、炭酸ソーダの泡のように気体と液体のように異なった相が境界を作っているもののあれば、シャボンのように液体の境界を持つ場合や液体同士が分散しているものなど、種類によりその構造にはかなり違いがあります。ここでは、水流がぶつかり合う、波が重なる、あるいは落差のあるところから水が落ちた際に、空気が水の内部に入り込む(泡立ち)場合の、物理的な要因によって生じた「よどみに浮かぶうたかた」を扱いたいと思います。
 一般的に泡は、取り込まれた空気がよりエネルギー的に安定した球形を保とうとし、水の薄くなった部分=膜がつくられた状態ですが、水層の厚さは、界面活性剤の存在にもよりますが、数10nmにまで薄くなる場合もあるといわれています。


ある泡沫の相

寄り添う泡では小さい方がめり込む感じに
泡の自然な姿として、大小いくつかがまとまっていることがあります。これは、複数の泡が近くにある場合、お互いが系全体の表面エネルギーを小さく保とうと近づいてまとまろうとすることによるものです。大小の泡が接触している隔壁の部分をよく観察すると、小さな泡の方が大きな泡の内部に食い込んで凸面を形成していることがわかります。接触面が破れて大きな泡をつくることもありますが、半球状の泡面の曲がり具合(曲率)が小さい(泡自体は大きく)方がエネルギー的に安定で、泡表面積も最小になるようにまとまろうとする力が働くからです。もっとも、水の蒸発により層が破壊してしまえば、エネルギーは一気に解放されてしまいますが・・・。
 ちなみに、この薄膜の物理的に安定した状態は、水の構造的な特徴により作られています。水HOという分子は、酸素の電子軌道M殻に、水素2個が入り込んで、お互いの電子軌道の電子不足状態を解消することで安定して存在します。また、酸素と水素の結合部分に注目すると、原子間の電気陰性度の違いにより電子対はより酸素側に引きつられ、加えて2つの水素の結合角がほぼ直角に近いということがあります。従って、酸素側に負の電荷が、水素側に正の電荷が生まれ、分子全体として極性を持つことになるのです。極性を持った水分子は、正負の荷電を中和するように近くの分子を引きつけ(水素結合)ようとし、分子間に比較的強い結合を持つため、類似分子(HS等)と比較しても極端に沸点が高いなどの特殊性を示します。これら水の持つ特徴は泡の形成や安定に大きな影響をもたらしていると考えられます。


葉の上の露:表面張力により小さくまとまろうとする。小さいほど、その影響力が大きくなる。
ゆっくりと上方から色の縞が降りてくる。上部の膜は薄くなって、ついには光を反射しなくなる。
はかない存在としての泡・・・さて、冒頭の「うたかた」に話をもどしましょう。泡を構成する膜の部分は、水分子同士がその特殊な物性によって一生懸命つながりを保とうとしているわけです。特に、水分子のつながろうとする力は、水が空気と触れている界面の事情は特別です。界面部分の水分子は、自らを取り巻く水分子が少なく、できるだけ内部に入り込んで安定を図ろうと、表面積を小さくまとめようとする力(=表面張力)、表面張力が働きます。表面張力は、泡の内外の両界面で働くので、総体としては、泡そのものの安定に寄与していることになります。ところが、絶えず水の蒸散は起こっていますから、水層が極端に薄くなった部分は安定が保てなくなり、表面張力が逆に膜を破壊して水面に吸収される方向に働きます。結果的には、互いに引き合って小さくまとまろうとするのですから、泡はいずれ消え失せてしまい得る、まさに「うたかた」の存在であるわけです。確か、「シャボン玉飛んだ屋根まで飛んだ・・・」の歌の続きも「生まれてすぐに、こわれて消えた」でありました。
 では、「うたかた」がすこしでも安定して存在できる工夫、まずは泡立ちのしやすいものを考えてみましょう。泡立ちと言えば石けんなどの界面活性剤が連想されますね。石けんのような界面活性剤は、分子内に長い疎水基部と親水基の両方を持ち合わせていて、空気と接する面(界面)に長い疎水基を向けて並ぶ性質があります。一方、内部には水と親和性のある親水基が入り込んでくるので、不安定要因であった界面の水は、水槽内部に取り込まれて安定が図られるかたちになります。界面活性剤のおかげで、かなり水層が薄くなっても安定した膜を維持することが可能になるのです。
 ところで、シャボン玉を膨らましていくとだんだん膜が薄くなっていきますが、表面に虹の模様(ニュートンリング)が観察されますね。これは、膜に反射した光と膜を透過して内壁で反射してきた光りがつくる干渉縞模様です。水層が極めて薄くなると、わずかな厚さの違いが大きく影響し、波長の違う光が虹の模様を作る現象で、層の厚さによって模様の様子はだいぶ違ってきます。水の蒸発が進み、水層が薄くなっていくと、シャボンの表面にできた虹模様も色あせ、しまいには光が反射すらしなくなってしまいます。

     動 画:虹の模様が少しづつ変化していく様子


バブルはマイナスイメージ?・・・バブル崩壊、努力が水泡に帰す、あぶく銭など、現実社会では泡にまつわる言葉にはどうもマイナスイメージがつきまとうようです。しかし、泡の科学の世界における活躍は幅広く、これが実に人間生活と深く関わっているのです。朝シャンではシャンプーリンス、お化粧ではフォーム剤にお世話になることから始まり、調理では水の沸騰による泡の力を借り、食事の後は歯磨きで口を泡いっぱいに。しつこい油汚れを台所洗剤で落とした後は、洗濯だ。ペットの熱帯魚の水槽のエア調節の後は、フォームクッションの効いたソファーで一休み。そこで原稿作りを思い出し、パソコンを開くがこれにも磁気メモリーにバブルが使われている。もちろん急ぎのワープロ仕上げはインクジェット印刷。呼び鈴で宅急便の荷物を受け取ったが、中身は発泡スチロールでしっかり梱包。お楽しみコーヒータイムには生クリームをホイップして一工夫。ついでにおやつクッキーも頂くが、この軽い食感も重曹の熱分解によるバブルのなせる技。夕食のサラダにはお好みでマヨネーズかドレッシング、これらはどれもエマルジョン。風呂ではバブルジェットで疲れをいやし、ほっと一息、一杯のビールは適当な泡立ちのものが旨い・・・。
 日々の生活における、泡と関わる部分をただ思いつくまま羅列してみましたが、実際には直接的に「泡」と関わっていることがもっとたくさんあることでしょう。どうもマイナスイメージに捉えられがちな「泡」ですが、身の回りをよく観察してみるといかに「泡」の恩恵を被っているかが理解できるはずです。


安定したシャボンを作る
・・・界面活性剤をうまく調合すると、長い時間安定し、大きさも人間をすっぽり包み込むようなもを作るのもそう難しいことはありません。洗剤に化学のりやグリセリン、砂糖を加えるとネリの効いた、安定したシャボンが作れるようになります。針金を細工してシャボン液に浸けてみると、画像のように不思議な膜の造形が観察できます。シャボン液がエネルギー的に最も安定した状態を取ろうとするもので、数学的には表面積が最小になるように膜同士が接していると考えられます。

サイコロ形の針金にできる膜は表面積が最小になるようなかたちになる
エネルギー的にもっとも安定なかたちこそ、自然状態の名にふさわしい
動画(工事中):シャボン膜の形成 動画(工事中):シャボン膜の形成

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「参 考」  方丈記(鴨長明 簗瀬一雄訳注 角川ソフィア文庫)

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編集:山田暢司