<らくらく化学実験>

万葉紫染め    媒染 シコニン
 今でこそ化学の力で自在に色を作り出すことがかなうようになりましたが、近代までは、植物や鉱物などの自然と乖離した「色」を考えることはできませんでした。ここでは、万葉集にある歌に詠まれたいくつかの染色を試みながら、いにしえに思いを馳せることといたしましょう!今や稀少種となったムラサキ草の根から紫色素を抽出、定着し、古代に君臨していた王朝の色の復活させてみることにします。

ムラサキ:夏頃までに白い花を付ける。国内の自生地はすでに壊滅、幻の野草と言われる。紫根を採取するまで栽培を続けるのはマニアでも困難であるらしい。

絹の絞り染め:美しく染めるには相当な技術がいるが、つたない出来であってもハンドメイドなのでそれなりの満足感はある。

「手 順」
この実験についての詳細「準備・手順・注意・工夫」等については、関連の研究大会等で資料・データ等を配布していますので、その機会をご利用下さい。以下、参考資料のみ掲載します

なべに布を広げ乾燥紫根を置く。湯(70度以下)を注いで、根が少し膨潤してから布口を縛る。

絞って染液とする。時間をかけ過ぎると色素が顔料化することもある。熱いのでゴム手があるとよい。

生地を傷めないよう軽い絞りをくり返す。色素が沈殿しないうちに行う。

媒染すると劇的な色変化が見られる。作業の最も感動する瞬間である。

よく水洗いすることがポイント。媒染剤が残っていると染料が顔料化することがある。

陰干し:深染めは紫というより黒に近い。草木染めでこの色を出せるのは「ムラサキ」だけである。



コースター用の木綿(右)と薄絹:下処理をすれば木綿でも深く染めることができたが、光沢も風合いも絹(左)には遠く及ばない。

毛糸:ウールは1−2回でこのとおりの染まりよう。絹と同様、動物性の素材は簡単に染まる。コストと効果を考えるとウールの方を推奨したい。

「注意と工夫」
  1. 天然のムラサキ草は絶滅寸前であり、現在その自生地を探すことはまず不可能です。苗そのものの入手が至難であることに加え、栽培が超困難、しかも2−3年育てても得られる紫根はたかが知れているようです。
  2. 多くの市販の素材は洗練済みですが、そうでない場合は次のような下処理をしておくのが望ましいと思われます。絹、木綿はともに、5%の炭酸カリウムで15分ほど煮る。毛糸の場合は、60℃程度でとどめておきます。その後、絹は、水洗して水に浸しておきます。木綿は、牛乳や豆汁に浸し、毛糸は、ぬるま湯に浸しておくと染まりが良いとされます。
  3. いずれの素材も、染めと媒染の作業間隔を空けるほどよく、時間がかけられる場合は完全に風乾後、染め、媒染をくり返していくと深みのある紫が得られると言われます。本格的な職人になると、その間隔を半年〜数年とすると言いますから驚きです。また、古来より紫根染めは寒季に行うのが良いとされているそうです。
  4. 媒染剤としては、アルミを含むミョウバン(カリミョウバン:KAl(SO)212H2O)が入手しやすく手軽です。しかし、最近は、硫酸イオンを含まない酢酸アルミニウムが推奨されているようです。
  5. 紫色素(シコニン)は熱に弱いので、作業通じて70℃を温度の上限と考えて下さい。また、色素は水中で安定しにくく、時間と共に沈殿を始めます。むら染めになりやすいので、染液は早めに使い切るのが良いと思われます。
  6. 簡素な実験として、アルコールやエーテルでシコニンを抽出する作業に切り替える方法もあります。化学的、無機的な感じもしますが、この方法ならむら染めになりにくく、より濃い液が得られやすくなります。

「解 説」
王朝の色・・・聖徳太子の制定した冠位十二階の最上位が紫であり、古代ローマ時代に皇帝以外の者が身につけてはならない禁色とされてきた史実からも、紫色が貴い色として古来より珍重されてきたことがわかります。もっとも、遠き地中海沿岸のローマやエジプトでは紫草ではなく、貝のパープル腺から得た、いわゆる貝紫ではありましたが・・・(弥生時代の日本でも貝紫染色が行われていました)。
 紫染料が時代、洋の東西を問わず大切にされてきた理由の第一は、その希少性にあり、その点紫根の例はもちろん、貝紫も同様でありました。ですから、かのエジプト女王クレオパトラは帆船をすべて貝紫で染めたなんてとんでもない伝説が残ることになったのでしょう。古代においては、「紫色」の使用そのものが権力の象徴、最上の贅沢であったのです。
 しかし、19世紀にイギリスのパーキン(Perkin※)がアニリンを酸化して得られる色素(mauveモーブ)を発見し、人造染料の大量生産への道が開かれると、動植物を原材料にした天然の紫染めは次第に顧みられなくなったのです。その結果、ムラサキ草栽培が壊滅したことはもちろん、多くの苦労を要する伝統的なノウハウの多くが消えていってしまいました。
※パーキンPerkinはその後、やはり染料となるアカネの色素アリザリンの合成にも成功しています。

ウールの染め分け:金属イオンや染色回数を変えることで染め分けできるが、効果の安定化は至難。

1年目の細根:触るだけで赤い色素が手に付着する。染色には2年生が向くと言われる。

希少種「ムラサキ」・・・原料のムラサキ草(画像上)ですが、先述の通り、現在では自生地の確認は至難とされているほどにその数を減らしているとのこと。次の、万葉集の代表歌が詠まれた頃は、日本各地の草原にムラサキ草が自生していたはずですが、今やスギや雑木林、農業用地の開発や帰化植物の勢いに押されて、自然状態でその姿を目にすることは不可能、幻の野草と呼ばれる由縁です。
あかねさす紫野行き標野行き 野守は見ずや君が袖振る
額田王 巻一 20
 これは、額田王が、天智天皇のご領地(近江の蒲生野)での薬狩りの折り、かつての恋人大海人皇子にあてて詠んだ有名な歌です。次の大海の返歌にも、やはり「紫」詠まれています。
紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも
大海人皇子 巻一 21

金属イオン種の媒染作用・・・ムラサキ草(紫草=Lithospermum erythororhizon Sieb. et Zcc.)は古くから外傷,腫瘍,火傷,湿疹等に処方されてきましたが、シコニンという興味深い生理活性成分を含んでいます。シコニンは紫色を呈し、ムラサキ草が「紫」言われる所以はこの色素を含むからに他なりません。実際には、根には、アセチル誘導体数種が含まれているようです。

   シコニンの誘導体:
   主にアセチルシコニン(acetylshikonin)
       R= OCOCH3 or OCO(CH3)2 

 このシコニン分子は、キノン構造を持っているので、希アルカリで構造が変化することがわかります。植物染料は一般に、金属イオンと結合(配位)により呈色する傾向がありますが、このシコニンも水酸化ナトリウム水溶液中で、フェノール系分子に特有のキレートを構成し、やや青い紫色を呈するようになります。なお、このキレーションは、水に不溶で繊維に固着しやすく、酸やアルカリにも強いので染料として効果を高める役割をも果たしています。
 ちなみにこの色素の研究は、我が国の初の女性理学博士である黒田チカ先生によりなされています。大正7年(1918年)「紫根の色素に就いて」の論文の中で成分の構造の解明を行い、シコニンShikoninの命名も彼女によるものです。

媒染剤としてのツバキ…
実験で行った媒染は、植物色素がアルミニウムイオンや鉄イオン等の金属イオンを結びついて、木綿や紙の繊維に発色定着する効果をあげるための作業です。手軽な媒染剤として、酢酸アルミニウムを使いましたが、古くは、アルミニウムイオンを多く含む植物が使われていました。植物の媒染剤を特に灰汁(あく)といい、古くからヤブツバキを始めとして同科のヒサカキ、ニシシギ科のサワフタギ、藁灰、鳥梅(うばい:梅をいぶしたもの)が有用な灰汁とされてきました。
 ツバキによる媒染作業の歴史は古く、万葉歌にも紫染色にツバキの灰が使われたことが詠みこまれています。次の歌にある海石榴市(つばいち)とは古代都市の名ですが、「つば」と染色に使う「ツバキ」をかけ、紫色がツバキの灰によって鮮やかに染まるということを意味しています。
紫は灰指すものそ海石榴市の 八十のちまたに逢へる児や誰
作者不詳 巻十二 3101
 一般の植物色素は、金属の媒染によって、発色、固着します。手軽な媒染剤としては、アルミニウムイオンを含むミョウバンが入手しやすくので適当ですが、硫酸イオンの存在が素材に悪影響を及ぼすということが言われるようになっています。手軽な実験として行う場合は問題ありませんが、本格的に行う場合は酢酸アルミニウムを用いる方法がより推奨されています。また、万葉時代の手法にこだわる場合は、ツバキの生葉を燃やして得られる草木灰を用いるといいでしょう。乾燥させたほうじ茶を燃やし、灰をコーヒーフィルターでろ過すれば、簡単に媒染液ができます。
 たいていの植物の場合は、花の汁を布などで搾り取った染液を60度程度に保ち、媒染液に浸した布を染めます。しぼっては乾かしをくり返せば、色濃く染まります。しかし、本格的な草木染めは大変難度が高く、布素材(絹、木綿、毛)や媒染の手法は専門書を参考にされることをお勧めします。
 万葉時代の染液素材としては、ムラサキの他に、アサガオ、ケイトウ、モミジ、ツユクサ、モモなどがありますが、これらは自宅で栽培可能ですし、散歩のついでに頂戴できる場合もあるでしょう。カキツバタやオミナエシなども公園で見かけることがありますが、ちょっといただくわけにもいかないでしょうから、万葉植物にこだわりを持たれる方はぜひ園芸店でお求め下さい。また、万葉時代の代表的な染料植物ですが、アカネ(マダー)やムラサキは、かなり稀少になりつつあります。一部の染料店やハーブショップ、手芸店で購入できるところもあるようです。

          関連ページ:紅染めにしてくれない
  伝統的な染色技法や関連の事項について→色の万華鏡(吉岡幸雄)
万葉の歌と植物
 
万葉集には、自然の豊かさを愛でた歌がたくさん詠み込まれており、それらの表現の多くから当時の人がいかに人間と自然を一体の存在して見なしてきたかを伺い知ることができます。特に、色彩感覚の豊かさ敏感さには驚かされるものがあり、それだけ色への執着心があったことを思わせます。いまでこそ化学の力で自在に色を作り出すことがかなうようになりましたが、当時は自然と乖離した「色」を考えることはできなかったでしょう。また、歌に詠み込まれた植物の中には現在のどの植物に該当するのか不明なものもあり、作者の存在や前後の文脈、詠まれた場所の地理や気候条件などを科学的に考証して、植物名を探り当てるというのもなかなか趣があります。染液素材の例としてあげたいくつかの植物について関連の歌を紹介しますので、千数百年前の万葉時代に思いを馳せてみましょう。

ケイトウ(からあゐ)
           
我が屋戸(やど)韓藍(からあい)蒔き()ほし枯れぬれど 懲りずてまたも蒔かむとそ思ふ
山部赤人 巻三 384
『歌意』 我が家の庭にからあい韓藍の種を蒔いて育て、それがもう枯れてしまったが、性懲りもなくまた蒔こうかと思っている。

 ケイトウは、花の赤い部分はもちろん、葉も写し染めに使われていたと言われています。「からあゐ」という呼び名は、韓(から)の国、つまり大陸よりやってきた「藍」の一般総称でもありますが、万葉では、赤い花をつけるケイトウを指したものと解されているようです。ちなみに、呉(くれ)の国から渡来したのが、紅(くれない)、つまりベニバナであるそうです。
  
  

アサガオ(あさがほ)
展轉(こいまろ)び恋ひは死ぬともいちしろく 色にはいでじ朝貌(あさがほ)の花
作者不詳 巻十 2274
『歌意』恋焦がれ、もだえ死のうとも、はっきりと顔色には出しませんとも、あさがほの花のようにはね。

ツル性アサガオ

キキョウ
 現在のアサガオは、万葉時代にはまだ伝来しておらず、「キキョウ」や「ムクゲ」のことを詠んだのではないかとする説も有力です。アサガオの絞り汁は次のように、酸やアルカリによって鮮やかに色変化します。

モモ
桃花褐(つきそめ)の浅らの衣浅らかに 思いて妹に逢はむかも
          作者不詳 巻十二 2970
『歌意』桃染めの色の浅い着物のようにあっさりと軽い気持ちであなたと逢ったりするものですか。

 現在の美味なモモとは違い、当時のものは食用には向かず、せいぜいつけものにしていたとのこと。もっぱら染色用に育てられていたという説もあります。デザートの桃汁をうっかり服に付け、シミを作ってしまった経験はありませんか?そのことからも、桃染めがわりと簡単であることがわかります。
 桃染めの色は、古代律令時代に官位の色に指定され、衛士などの下級役人の服色としてにさかんに用いられたようです。画像は、花桃として知られる観賞用の「源平桃」です。

オミナエシ(をみなえし)
ことさらに衣は()らじ女郎花 咲く野の萩ににほひて居らむ
           作者不詳 巻十 2107
『歌意』わざわざ衣を女郎花で摺り染めにはしまい。佐紀野に咲き乱れる萩に染まるのに任せていよう。

 「衣は摺らじ」から、染色に使われていたことがはっきりと読みとれます。秋風にゆらゆらとその身をなびかせる姿をとして女性に見立てたことから「女郎花」と呼ばれるようになったそうです。かつては日本全国各地の草原で見られた花ですが、最近はすっかり影をひそめ、なかなか目にすることができない花となっています。

ツユクサ(つきくさ)
鴨頭草(つきくさ)に衣色どり摺らめども うつらふ色と言うが苦しさ
作者不詳 巻七 1339
『歌意』つきくさで衣を染めて摺りたいけれど、その色は変わりやすいというので、残念なことです。
 
 歌は、色素の移ろいやすい性質を「うつらふ色が苦しさ」と表現したものです。この移ろいやすい青い色素は、アントシアニンとフラボン系の物質からなる金属錯体の一種でコンメリニンと呼ばれているもので、日本の花色の研究陣が初めて結晶化に成功し、ツユクサの学名「コンメリナ」より名づけられたものです。藍染めの「藍」が渡来して一般化するまでは、いわゆる青系を代表する色「縹色」(はなだいろ)と呼ばれていました。ツユクサの青色は時間がたつと薄くなって消えてしまうため、染めの下絵を描くときに使われてました。例の加賀友禅などにも用いられていたとか。
「指導・助言・協力」
・永留真男、石川真咲(国営武蔵森林公園)   ・神谷隆(千葉県)
「参 考」
・日本の色辞典(吉岡幸雄 紫紅社)
・草木染技法全書(山崎青樹 美術出版社)
・万葉植物事典(山田卓三 中嶋信太郎:北隆館)
・ムラサキの観察と栽培(大滝末男 ニューサイエンス社)
・鳴門教育大修論 梅本和高「ムラサキの根色素成分単離とそれらを用いた・・・」
トップページへ戻る→
編集:山田暢司