○打たれ強い人間に!

 行儀の良いことで評判のこの一学年である。あくまで我々教員の世代との比較ではあるが、生徒の大人しく素直な反面、「打たれ弱さ」が話題になる。我々の世代は、水温16℃でプールに投げ込まれ、公共の場での大声校歌とか、雷雨の中での恐怖登山、古典の授業で道真と道長を混同しただけで罵倒、赤点はあたりまえ、不条理とか理不尽とかそんなの関係ねー、だったのである。
 
 受験についても、今で言う「センター試験」直前も直前、前日の午後に平気でマラソンである。自分は見事に凍結した路面で滑って腰をしこたま打ったのを覚えている。そこで鬼体育教師の言うことには、「部活とっくに引退して体ナマって気の毒だなー、親切心で鍛えてやってるんだから感謝しろ、何か言うことはねえか、あん?」である。転倒した自分は「はい、ありがとうございます。今滑ったおかげで明日の受験は滑らず完璧です。」と真剣に答えていた。そういう苦難苦行に対して「打たれ強い」世代なのである。もちろん、勉強については、古典や歴史など、受験科目が有利不利とかそういうことを意識したことはない。おかげで、今でも文系科目的な教養について、劣等感を持ったことはない。
 
 それにしても最近の学校や教育制度、保護者の態度も実に生徒にやさしくなったものだ。負担が重くてカワイそうなので受験科目たったの3科目を容認、3学期は午前授業でテスト無し、センター前日も大目に見る、何にでも手を貸す、対策を練る、配慮する、生徒が傷つかないように言葉使いにも気をつける、資料や手続きの間違いも訂正してやる、期限も延長してやる、欠席遅刻内職も大目に見る、掃除も極力軽減、失敗した場合や本人に責任のある場合でも叱るなんてとんでもない、心のケア、カウンセリングまで準備する。親も心配だから塾の費用は惜しまない、模試の受験会場送迎までしてやる。センター試験監督がわずか
30秒時間をミスッただけで再試験だそうだ。何でもありあり、受験生は聖人様である。
 
 ただ、こういった「やさしさ」が結果として生徒を弱くしているのではないか?ほんのちょっとした言葉で傷ついて落ち込んだり、何でもないハードルが超えられないのだ。工夫・創造し、問題解決の段取り、戦略を考案し、仲間と協力し、汗水垂らして頑張り、結果はともかく自他の努力を称え、感謝する謙虚さを持ち合わせるというようなゆとりがなくなっているのだろう。
 
 大学卒でいきなり利益希求ビジネスの世界に身を投じる新入社員の3割が不適応で、3年内に辞めてしまう現状と無関係ではない。最近の高校生の「打たれ弱さ」が、ゆがんだ日本社会の現実と不気味に関係しているのではないかと本当に将来が心配になる今日この頃である。


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Script by 山田暢司