○勉強の価値を費用対効果で考える!勉強は、何と時給20万円のアルバイトだ! 

 
これだけ勉強勉強進路進路と叫んでいても、生徒の耳には心地よい鳥のさえずりのように届いているに違いない。学校の先生は、自分や学校の名誉のために生徒に勉強させようとしているのだと。。。。もちろん、担任Yの場合は、愛校心が強い動機であるが、ここではわかりやすい金銭的な損得勘定の話をしよう。

 生徒に特殊な才能があれば良いのだが、そうもいかないのが現実だ。特殊な才能のある人の例を挙げてみよう。大リーガーの松坂大輔が1球投げる。そのボールで相手を三振にしようと、ホームランを打たれようと、とにかく1球あたり×××万円の収入である。スポンサー料とか税金とかいろいろあるだろうが、とにかくお金に換算すれは相当の収入が価値があるらしいことは間違いない。シンガーのレディガガや実業家のザッカバーグも、時給から考えると途方もない高給を得ているのだ。当然、特殊な才能に恵まれ、努力の成果でもあるのだから、それだけの報酬を得る資格があり、事の善悪の問題ではない。担任の知人のご子息にJリーガーやタレントさんがいるが、確率的に言えば、東京大学に合格するよりも、プロスポーツ選手や宝塚のスターになるほうがはるかに難しいことなのである。

 で、特殊な才能が無い場合の勉強の話である。勉強がどれほど確実でお得な作業であるか考えてみたい。勉強という作業を費用対効果という観点で考えるのである。費用対効果とは、まず、勉強にどれだけの労力をかけたとして、生涯どれだけの利益があるかという観点である。諸君等はあと受験まで約1年半であるが、少々極端なシュミレーションをしてみよう。毎日、学校以外で朝1時間、夜3時間の猛勉強をして、一流の国立大学に合格したとしよう。その後、一流企業や公務員になって学歴相応の役職に就き定年をまっとうできたとしよう。退職後も、今ほどではないが多少は年金制度が維持されているとしよう。おそらくは、かなりの生涯収入になるに違いない。ならば、この受験までの1年半にかけた勉強が生涯収入を決定したと仮定して、その費用対効果を算出してみるとどうなるか?これは学級通信であるから、具体的な業種がどれだけの報酬があってとか、役職による収入の違いなど露骨な表現は避けたいと思うが、一般的な見地から算出すると、実に一時間の勉強は、何と時給20万円のアルバイトになるのである。(これは東大医卒で受験研究家・精神科医の和田秀樹氏も似たような算出をしていたと思う)

 プロスポーツ選手ほどではないが、時給20万円のアルバイトと知れば考えも変わってくるだろう。高校生がファミレスやコンビニで苦労しながら稼ぐ時給はせいぜい800円である。しかも、高校生の場合、若い貴重な時間を労働に費やし、店主には気を遣い、疲れて勉強などろくに出来ない。生活は不規則、学校で寝ぼけ、食生活は乱れ、悪い遊びも覚える。家族ともすれ違う。ちょっとした小遣いを得れば、つまらない浪費グセも覚えるものである。それと比べて勉強という作業は、金銭的なこと以外でも、他のアルバイトとは決定的に違う要素を持っている。体は使いすぎれば病気になるが、アタマは病気にはならない。(というか、それほど使えない) 猛勉強により知識は蓄積し応用できる。他人から尊敬されるだろうし、より良い交友関係もできるだろう。いい仕事ももらいやすい、人生がいろんな場面で切り開かれるかもしれない。勉強が出来ることがマイナスに働くことはないのである。猛勉強があたかも無駄であるかのようなデマは、日本をおとしめ、若者を堕落させ、日本の国力が低下することを狙う、どこかの国家戦略に違いないのである。勉強は、良いことだらけなのである。ウソだと思ったら、親兄弟、先輩、そこいらのおじさんおばさん、じいさんばあさんに聞いてみたら良い。人生を振り返って、勉強についてどう思うか聞いてみると良い。99%の人が同じ事を言うだろう。「若い頃、もっと勉強しておけば良かった・・・」のはずだ。では、残りの1%の人は、何と言うだろうか、想像してみるともっと面白い。「自分は、十分に勉強に取り組んだ。ゆえに、豊かで充実した人生を送ることができた。」であろう。

 今一度、ゲームや漫画に没頭しながら日々勉強時間が0分の生徒に問いかけたい。実は、時給20万円のアルバイトがあるんだけど、本気でやってみる気はないかね?

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Script by 山田暢司