○2学期がやって来た:天才キッカーのDベッカムに学ぶ「反省」そして「再構築」

 【問】「夏は来ぬ」の「来ぬ」を品詞分解せよ。・・・古語の「来()」は、モノが移動することを表現する動詞。「ぬ」は打ち消し否定ではなく完了の助動詞。なので、「夏は来ないではなく、夏が来た」となるのである。Summer has come.現在完了なのである。しかし、暑い夏が来たと思ったら、もう2学期が開始。文字通り、夏が去っていくことになる。「夏が去りぬ」の「去りぬ」は、夏が終わらない、ではなく、「夏が終わってしまった」と解するのである。
 何が言いたいか?夏が来る前に計画していた、またその気になっていたことの反省が必要だということである。学習計画書のたった数行の反省を学期のスタートに、せめて振り返る、思い出すことすらできないことは何を意味するのか?この場合の「反省」とは、何か悪いことをしたとか、災いを忌避するようなイメージでとらえるべきではない。学習計画を分析・評価し、どこに問題があったのかを確認する。修正・再構築し、今後どのように戦略の立て直しをすべきかを考える機会にしろということなのである。

 天才キッカーのDベッカムは、キックの瞬間の逆足への体重移動やシューズへとボール皮のタッチの瞬間の感触、相手の選手の立ち位置と動きを、完全に忘れてしまう前に、プレー中でも頭の中で何度も思い出して再構築しているのだという。そのデータを次の良い結果を生むための謙虚な「反省」材料としているのだろう。誰もが天才と認めるベッカムですら、場当たり的な適当な判断でプレーしているのではなく、常に頭の中で「データの反省と修正・再構築」を繰り返しているのである。謙虚な態度であるとしか言いようがない。ルックスが良いだけではないのである。ましてや、我々凡人は、それ以上、はるかに反省と努力・修練が必要であることは言うまでもない。「できる生徒とそうでない生徒」、「うまくいく生徒とそうでない生徒」の違いがあるとすれば、そういう態度、心構えにあるのだろう。

 ゲームどころか学校だというのに麻○にまで夢中になり出した生徒諸君を目にするたびどうしようもない無力感・脱力感が襲ってくるものの、なでしこジャパンの歴史的快挙の記事を読み直しては、元気を取り戻したいと考える2学期の開始ではある。

 
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Script by 山田暢司